2007年05月25日(金) 高知新聞夕刊 海の中の森づくり
大月発くろしお便り(黒潮実感センター)
海の中の森づくり

海の中の森のようにも見える人工産卵床に集まるアオリイカ漁業とダイビングの共存
近年柏島ではアオリイカ(モイカ)の漁獲が落ち込んでいる。モイカのモは海藻の藻を意味し、初夏ホンダワラなどの大型海藻に産卵にやってくるが、ここ数年磯焼けによって藻場が減少している。漁業者は年々増え続けているダイバーが潜ることがその原因だと主張し、ダイバーを追い出そうという動きもではじめた。
そこで、漁業者とダイバーが海で共存できるようにと私たちが提案したのが、双方が協働で行うモイカの増殖産卵床設置事業だ。
古来より漁業者は、ウバメガシの枝葉(シバ)に石をくくりつけ海中に投入し、モイカに産卵させるシバ漬漁を行ってきた。今回新たな方法として試みたのが、海底の砂地に鉄棒を打ち込みシバを固定する方法である。
産卵床は船でポイントまで運び、海中に投入した後、ダイバーが海底に固定した。これまでの石をつけて放り込むだけの方法と違い固定式を採用することで、波や潮流によりシバが流されたり、シバが動くたびに卵嚢(卵の房、一房に7-8個の卵が入っている)がちぎれたりする問題はクリアされた。
この場合コストは確かに掛かるけれども、ダイバーと漁業者が協働して作業することに意義がある。産卵床の設置場所は長年にわたるフィールド調査から、もっとも効果的な場所を割り出した。
一つのシバあたり数百房の卵嚢が産み込まれれば成功という中にあって、今回の方式では数千から最大一万五千房の卵嚢が産み込まれており、全国一の成果をあげることができた。こうして得られた成果は水中ビデオで撮影し、里海セミナーで漁業者やダイバー、地元住民に還元している。視覚に訴えることでその効果を実感しやすくした。
間伐材を活用
初年度はウバメガシを使用し大きな成果を上げることができたが、島周辺の魚付き保安林を形成するウバメガシの伐採が進みすぎると山が荒れ、その結果、海も荒れてしまうことを危惧して、翌年からはスギ・ヒノキの間伐材の枝葉の活用を試みた。しかしスギ・ヒノキへの産卵は一基あたり二〜三千房にとどまった。全国平均は遙かに上回ったが、前年度よりもかなり少ない産卵であった。

海に産卵床を投入する子どもたち子ども達を核に
近年、宮城県の畠山重篤さんが “森は海の恋人”というキャッチフレーズと共に、豊かな海づくりのためには豊かな森づくりが必要と提唱され、漁業者や子ども達が山に広葉樹の苗を植える活動が全国的に広がり、大きな成果を上げている。
私たちはこの活動をもう一歩前進させ、実感を伴った学習にしたいと考え、産卵床設置事業を始めて3年目、地元柏島の海の子ども達と近隣の三原村の山の子ども達を対象に、この事業を子供たちの環境学習の一環として行った。
山川海のつながり学習の一環として、海と山の子供たちが一緒になって人工林に行き間伐体験をする。その中で間伐することの意義や森の果たす役割を学ぶ。豊かな森は川を通じて栄養塩を海に供給し、豊かな海を育む。栄養塩→植物プランクトン→動物プランクトン→小魚→大きな魚といった過程は肉眼では確認しづらいが、今回の授業は、山で不要になった間伐材の枝葉を海で再利用することで海の資源を増やすと言うことで、視覚的にもわかりやすい。
海底に設置された間伐材の枝葉はまるで「海の中の森」のようだ。なぜスギ・ヒノキだとウバメガシほど産卵しないのか?潜りながら『イカの目線』で考えて産卵床の形状を工夫した。その結果、スギ・ヒノキであっても最大一万五千房の産卵に成功した。その成果は海中映像を元に学校での戻し学習として還元した。
海中で産卵床を設置するボランティアダイバーたち
この取り組みによって本来関係が薄かった様々な業種の人々(林業関係者と漁業者、ダイビング業者)は子ども達が核になることによってつながり、また山で不要になった間伐材の枝葉を利用する事でモイカが増えるといった「山・川・海」のつながりが実感できる事になった。
五年目にあたる一昨年からは地元漁協が主体となり、ダイビング組合の全面協力体制が整った。昨年からは宿毛市の鵜来島でも市民、漁業組合、森林組合、行政、NPOが一体となり、この活動が始まった。
県土に対する森林面積が日本一の高知県は、同時に七百六kmに及ぶ長い海岸線を有する海洋県でもある。今後、高知県で全国に先駆けた持続可能な里地、里山、里海のモデルになる様々な活動が展開されることを期待したい。
ヒノキの枝葉で作った産卵床に次々と集まってくるアオリイカ
柏島海中散歩
「ご当地モノの代表格!」
カシワハナダイ(写真は婚姻色の雄)ハタ科
柏島海中散歩のコーナーでこの魚を紹介すると、ピンとくる方もいるだろうが、なぜカシワ?と思われるダイバーも多いことだろう。実はこの魚、日本魚類学の父と呼ばれる高知市出身の魚類分類学者田中茂穂先生が、一九一八年に柏島で採集された標本を元に新種として発表した魚である。しかしその後、海外で先に報告されていた魚と同じことがわかり、新種ではなく日本初記録種となったが、柏島にちなんで名付けられた和名はカシワハナダイのままである。
カシワハナダイ
南日本からインド・太平洋域の潮通しの良いサンゴ礁の外縁部に群れで生息しているハナダイの仲間で、体長は7-10cm。一夫多妻のハーレムを形成し、雌から雄に性転換する魚としても有名。雄は体側に幅の狭い赤い帯をもつ。
写真提供:ダイビングサービス アクアス
(センター長・神田 優)
海の中の森づくり

海の中の森のようにも見える人工産卵床に集まるアオリイカ
近年柏島ではアオリイカ(モイカ)の漁獲が落ち込んでいる。モイカのモは海藻の藻を意味し、初夏ホンダワラなどの大型海藻に産卵にやってくるが、ここ数年磯焼けによって藻場が減少している。漁業者は年々増え続けているダイバーが潜ることがその原因だと主張し、ダイバーを追い出そうという動きもではじめた。
そこで、漁業者とダイバーが海で共存できるようにと私たちが提案したのが、双方が協働で行うモイカの増殖産卵床設置事業だ。
古来より漁業者は、ウバメガシの枝葉(シバ)に石をくくりつけ海中に投入し、モイカに産卵させるシバ漬漁を行ってきた。今回新たな方法として試みたのが、海底の砂地に鉄棒を打ち込みシバを固定する方法である。
産卵床は船でポイントまで運び、海中に投入した後、ダイバーが海底に固定した。これまでの石をつけて放り込むだけの方法と違い固定式を採用することで、波や潮流によりシバが流されたり、シバが動くたびに卵嚢(卵の房、一房に7-8個の卵が入っている)がちぎれたりする問題はクリアされた。
この場合コストは確かに掛かるけれども、ダイバーと漁業者が協働して作業することに意義がある。産卵床の設置場所は長年にわたるフィールド調査から、もっとも効果的な場所を割り出した。
一つのシバあたり数百房の卵嚢が産み込まれれば成功という中にあって、今回の方式では数千から最大一万五千房の卵嚢が産み込まれており、全国一の成果をあげることができた。こうして得られた成果は水中ビデオで撮影し、里海セミナーで漁業者やダイバー、地元住民に還元している。視覚に訴えることでその効果を実感しやすくした。
間伐材を活用
初年度はウバメガシを使用し大きな成果を上げることができたが、島周辺の魚付き保安林を形成するウバメガシの伐採が進みすぎると山が荒れ、その結果、海も荒れてしまうことを危惧して、翌年からはスギ・ヒノキの間伐材の枝葉の活用を試みた。しかしスギ・ヒノキへの産卵は一基あたり二〜三千房にとどまった。全国平均は遙かに上回ったが、前年度よりもかなり少ない産卵であった。

海に産卵床を投入する子どもたち
近年、宮城県の畠山重篤さんが “森は海の恋人”というキャッチフレーズと共に、豊かな海づくりのためには豊かな森づくりが必要と提唱され、漁業者や子ども達が山に広葉樹の苗を植える活動が全国的に広がり、大きな成果を上げている。
私たちはこの活動をもう一歩前進させ、実感を伴った学習にしたいと考え、産卵床設置事業を始めて3年目、地元柏島の海の子ども達と近隣の三原村の山の子ども達を対象に、この事業を子供たちの環境学習の一環として行った。
山川海のつながり学習の一環として、海と山の子供たちが一緒になって人工林に行き間伐体験をする。その中で間伐することの意義や森の果たす役割を学ぶ。豊かな森は川を通じて栄養塩を海に供給し、豊かな海を育む。栄養塩→植物プランクトン→動物プランクトン→小魚→大きな魚といった過程は肉眼では確認しづらいが、今回の授業は、山で不要になった間伐材の枝葉を海で再利用することで海の資源を増やすと言うことで、視覚的にもわかりやすい。
海底に設置された間伐材の枝葉はまるで「海の中の森」のようだ。なぜスギ・ヒノキだとウバメガシほど産卵しないのか?潜りながら『イカの目線』で考えて産卵床の形状を工夫した。その結果、スギ・ヒノキであっても最大一万五千房の産卵に成功した。その成果は海中映像を元に学校での戻し学習として還元した。

海中で産卵床を設置するボランティアダイバーたち
この取り組みによって本来関係が薄かった様々な業種の人々(林業関係者と漁業者、ダイビング業者)は子ども達が核になることによってつながり、また山で不要になった間伐材の枝葉を利用する事でモイカが増えるといった「山・川・海」のつながりが実感できる事になった。
五年目にあたる一昨年からは地元漁協が主体となり、ダイビング組合の全面協力体制が整った。昨年からは宿毛市の鵜来島でも市民、漁業組合、森林組合、行政、NPOが一体となり、この活動が始まった。
県土に対する森林面積が日本一の高知県は、同時に七百六kmに及ぶ長い海岸線を有する海洋県でもある。今後、高知県で全国に先駆けた持続可能な里地、里山、里海のモデルになる様々な活動が展開されることを期待したい。

ヒノキの枝葉で作った産卵床に次々と集まってくるアオリイカ
柏島海中散歩
「ご当地モノの代表格!」
カシワハナダイ(写真は婚姻色の雄)ハタ科
柏島海中散歩のコーナーでこの魚を紹介すると、ピンとくる方もいるだろうが、なぜカシワ?と思われるダイバーも多いことだろう。実はこの魚、日本魚類学の父と呼ばれる高知市出身の魚類分類学者田中茂穂先生が、一九一八年に柏島で採集された標本を元に新種として発表した魚である。しかしその後、海外で先に報告されていた魚と同じことがわかり、新種ではなく日本初記録種となったが、柏島にちなんで名付けられた和名はカシワハナダイのままである。

カシワハナダイ
南日本からインド・太平洋域の潮通しの良いサンゴ礁の外縁部に群れで生息しているハナダイの仲間で、体長は7-10cm。一夫多妻のハーレムを形成し、雌から雄に性転換する魚としても有名。雄は体側に幅の狭い赤い帯をもつ。
写真提供:ダイビングサービス アクアス
(センター長・神田 優)
更新:
諒太
/2009年 01月 06日 17時 00分