2012年9月1日 高知新聞朝刊 島の防災を考える
島の防災を考える

観光客には受けている柏島渡し場地区の避難場所「田中さんの畑」の表示(撮影・円満堂修治)
きょう9月1日は防災の日。1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災にちなんで、1960(昭和35)年に制定された。例年9月1日あたりは、台風の襲来が多いとされる二百十日にあたり、「災害への備えを怠らないように」との戒めも込められている。
柏島学
高知大学では今年で12年目を迎える「土佐の海の環境学〜柏島の海から考える〜(通称・柏島学)」が開講され、8月28日〜30日には柏島における現地実習が行われた。一般市民にも開放される現地講座「柏島大学」も8年目を迎え、今年のテーマは「東日本大震災を踏まえた南海地震への備え」と題して、高知大学農学部の原忠先生の講義とそれを受けてパネルディスカッションが行われた。
今回の柏島学では震災をテーマに学生らが柏島島内を歩き、いざ地震が起き時、どこに、どうやって逃げるかを体験してもらった。このテーマは昨年3月11日の東日本大震災が起きる前から、南海地震を想定して考えてきたことだった。柏島は全国各地からダイバーや釣り客、海水浴客が大勢訪れるところ。島民は避難場所がどこでどのように逃げるか皆知っている。しかし、初めてあるいは何度も島を訪れてはいても、島の避難場所を知る島外客はほとんどいないだろう。通常ホテルに宿泊するとフロントで避難経路と避難場所が知らされる。ドアには必ず避難経路を示した地図が貼られている。柏島を「島まるごと博物館」と捉えた場合、島外者向けの避難場所や経路を示す案内は必要だ。
今回学生らをモニターにして、
初めて来島した人が地震に遭った時どうするか、避難にあたって何が問題なのかを観光客目線で報告してもらい、それらの報告や島民からの意見を基に避難マップを作成する予定である。それを島内の各戸に配布すると同時に、旅館や民宿、ダイビングショップなど観光客が来る場所にも配布し、客への周知をお願いしたい。

島内踏査のあと避難経路についてディスカッション
狭い路地

ブロック塀が並ぶ狭い路地
昨年の3・11以降、わが家でも防災グッズや非常用の食料などを入れた持ち出しリュックサックを用意した。しかし、南海地震では非常に大きな揺れが数分間も続いた後、すぐに津波が押し寄せるといわれている。小さな子どもやお年寄りの手を引いて、大きな荷物を持って山まで逃げることが果たしてできるだろうか? また平地の狭い島では家々が密集しており、その間を狭い路地が走っている。路地の左右には古くなったブロック塀が並んでいる。大きな地震が来たら、まず瓦やブロック塀が崩れ落ちることが想定される。そうすると普段通行していて、避難場所への最短路と思っている路地がふさがれ避難が妨げられる。そういう視点で考えてみた時に、どの道が避難路に適しているかが見えてくる。
井戸を掘れ
何とか無事避難所に逃げられた後問題になってくるのは、救助までどうしのぐかだ。東日本大震災級の地震と津波が島を襲った場合、島と本土を結ぶ橋が倒壊する可能性が高い。このことにより車での救助は望めなくなる。それ以上に問題なのが水である。柏島には川がなく、昔から水には不自由してきた。唯一の飲用水は集落の外れ、山の裾野に谷からしみこんだ水が伏流している「たんだの井戸」があるのみだ。現在は使われておらず、水は対岸の沢から供給されている。その配管は橋に沿って走っているため、橋が倒壊すると水の供給がストップされる。島の高台にあり避難場所に指定されている旧柏島小学校付近に貯水タンクがあるが、地震で使えなくなる可能性もある。水がなければ持ちこたえられない。そこで私が提案しているのが井戸である。小学校跡地に井戸を掘り、それも電力を必要としない手動ポンプもしくはつるべで汲む方式のものをつくることで、リスクを分散できる。さらに前段でも述べたが非常用持ち出しグッズなどを持っては逃げ切れないので、廃校舎である小学校の校舎もしくは体育館に備蓄場所を確保してもらいたい。地区で必要な食料や毛布などはある程度備蓄されているが、住民個人個人が自分のロッカーを持ち、そこに自分たちが必要とするものを入れておき、自分たちで日々管理する。賞味期限の切れる食料などは定期的に交換して食べていくなどして時々避難場所に行くことで、避難時のトレーニングにもなるだろう。行政に任せっきりではなく、自分たちでできることは自分たちでやるという心がけが必要だ。しかし、避難路にあたる場所で倒壊する可能性のあるブロック塀や、避難路、避難場所である旧小学校体育館の補修などのハード事業は行政にお願いしなくてはならない。住民は常に訓練や備蓄を怠らないようにし、災害に備えておく必要がある。
3・11を教訓に全国各地で防災に向けた取り組みが進む中、島特有の条件を考えた独自の対策も必要だと思う。大学、行政、住民が連携して来たるべき南海地震に備えたい。

柏島の避難場所「旧柏島小学校 」

柏島橋(旧橋)を通る水道管(海面高5〜6m)

観光客には受けている柏島渡し場地区の避難場所「田中さんの畑」の表示(撮影・円満堂修治)
きょう9月1日は防災の日。1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災にちなんで、1960(昭和35)年に制定された。例年9月1日あたりは、台風の襲来が多いとされる二百十日にあたり、「災害への備えを怠らないように」との戒めも込められている。
柏島学
高知大学では今年で12年目を迎える「土佐の海の環境学〜柏島の海から考える〜(通称・柏島学)」が開講され、8月28日〜30日には柏島における現地実習が行われた。一般市民にも開放される現地講座「柏島大学」も8年目を迎え、今年のテーマは「東日本大震災を踏まえた南海地震への備え」と題して、高知大学農学部の原忠先生の講義とそれを受けてパネルディスカッションが行われた。
今回の柏島学では震災をテーマに学生らが柏島島内を歩き、いざ地震が起き時、どこに、どうやって逃げるかを体験してもらった。このテーマは昨年3月11日の東日本大震災が起きる前から、南海地震を想定して考えてきたことだった。柏島は全国各地からダイバーや釣り客、海水浴客が大勢訪れるところ。島民は避難場所がどこでどのように逃げるか皆知っている。しかし、初めてあるいは何度も島を訪れてはいても、島の避難場所を知る島外客はほとんどいないだろう。通常ホテルに宿泊するとフロントで避難経路と避難場所が知らされる。ドアには必ず避難経路を示した地図が貼られている。柏島を「島まるごと博物館」と捉えた場合、島外者向けの避難場所や経路を示す案内は必要だ。
今回学生らをモニターにして、
初めて来島した人が地震に遭った時どうするか、避難にあたって何が問題なのかを観光客目線で報告してもらい、それらの報告や島民からの意見を基に避難マップを作成する予定である。それを島内の各戸に配布すると同時に、旅館や民宿、ダイビングショップなど観光客が来る場所にも配布し、客への周知をお願いしたい。

島内踏査のあと避難経路についてディスカッション
狭い路地

ブロック塀が並ぶ狭い路地
昨年の3・11以降、わが家でも防災グッズや非常用の食料などを入れた持ち出しリュックサックを用意した。しかし、南海地震では非常に大きな揺れが数分間も続いた後、すぐに津波が押し寄せるといわれている。小さな子どもやお年寄りの手を引いて、大きな荷物を持って山まで逃げることが果たしてできるだろうか? また平地の狭い島では家々が密集しており、その間を狭い路地が走っている。路地の左右には古くなったブロック塀が並んでいる。大きな地震が来たら、まず瓦やブロック塀が崩れ落ちることが想定される。そうすると普段通行していて、避難場所への最短路と思っている路地がふさがれ避難が妨げられる。そういう視点で考えてみた時に、どの道が避難路に適しているかが見えてくる。
井戸を掘れ
何とか無事避難所に逃げられた後問題になってくるのは、救助までどうしのぐかだ。東日本大震災級の地震と津波が島を襲った場合、島と本土を結ぶ橋が倒壊する可能性が高い。このことにより車での救助は望めなくなる。それ以上に問題なのが水である。柏島には川がなく、昔から水には不自由してきた。唯一の飲用水は集落の外れ、山の裾野に谷からしみこんだ水が伏流している「たんだの井戸」があるのみだ。現在は使われておらず、水は対岸の沢から供給されている。その配管は橋に沿って走っているため、橋が倒壊すると水の供給がストップされる。島の高台にあり避難場所に指定されている旧柏島小学校付近に貯水タンクがあるが、地震で使えなくなる可能性もある。水がなければ持ちこたえられない。そこで私が提案しているのが井戸である。小学校跡地に井戸を掘り、それも電力を必要としない手動ポンプもしくはつるべで汲む方式のものをつくることで、リスクを分散できる。さらに前段でも述べたが非常用持ち出しグッズなどを持っては逃げ切れないので、廃校舎である小学校の校舎もしくは体育館に備蓄場所を確保してもらいたい。地区で必要な食料や毛布などはある程度備蓄されているが、住民個人個人が自分のロッカーを持ち、そこに自分たちが必要とするものを入れておき、自分たちで日々管理する。賞味期限の切れる食料などは定期的に交換して食べていくなどして時々避難場所に行くことで、避難時のトレーニングにもなるだろう。行政に任せっきりではなく、自分たちでできることは自分たちでやるという心がけが必要だ。しかし、避難路にあたる場所で倒壊する可能性のあるブロック塀や、避難路、避難場所である旧小学校体育館の補修などのハード事業は行政にお願いしなくてはならない。住民は常に訓練や備蓄を怠らないようにし、災害に備えておく必要がある。
3・11を教訓に全国各地で防災に向けた取り組みが進む中、島特有の条件を考えた独自の対策も必要だと思う。大学、行政、住民が連携して来たるべき南海地震に備えたい。

柏島の避難場所「旧柏島小学校 」

柏島橋(旧橋)を通る水道管(海面高5〜6m)
投稿:
Kanda
/2012年 12月 05日 11時 44分