2008年02月08日(金) 高知新聞夕刊 春告げるメノリの口開け
大月発くろしお便り(黒潮実感センター)
春告げるメノリの口開け

海に浸かりながらメノリを掻く。初春の風物詩とはいえ、とても寒い(写真はいずれも大月町柏島) 夏は波もなく多くのダイバーやレジャー客でごった返す柏島だが、冬は一変、北西の季節風が吹き荒れる海は、さながら冬の日本海である。海から吹き付けられる潮風で、家の窓や車のガラスは塩で磨りガラス状態だ。島では風がやんだあと、ホースで水をかけて家を洗う。そうしないとアルミのサッシは塩に食われて穴が開いてしまう。
旧正月時分の大潮の日の朝、島の北側に広がる「後ろの浜」では、思い思いの場所に陣取った島人が今か今かとメノリの口開け(解禁)を知らせるサイレンが鳴るのを待っている。メノリとは岩ノリの一種だ。
メノリの缶と掻き取ったメノリ
三種の道具
朝十時、サイレンが鳴ると同時に、皆一斉に岩の上のメノリを掻きはじめる。「シャク、シャク、シャク」。リズミカルな音が浜中にこだまする。メノリを掻くには三種の神器ならぬ三種の道具が必要となる。まず一点、島で「メノリの缶」と呼ばれるこの道具は、一斗缶を缶詰の蓋のように丸く切り抜き、縁を金槌でたたいて折り曲げ、小皿状にしたもの。個人個人の手に合うように作られるハンドメードだ。これで岩の表面にがっちりと張り付いている黒々としたメノリを掻き落とす。
道具その二は掻き落とすメノリを受ける目の細かいタモ網である。このタモ網もそれぞれ工夫がなされている。岩に当たる縁の部分を補強し、掻き取ったノリが波にさらわれないようある程度の深さを持っている。底の部分に日本手ぬぐいを使っている人もいる。
道具その三はひしゃく。干上がった岩の上のメノリはひしゃくで潮をかけて柔らかくして掻く。
干上がったメノリにはひしゃくで潮をかける
びしょ濡れでも楽しそう
まだ寒風が吹く中、一杯着込んだ上にかっぱを着て、ノリで滑らないようわらじ履きで海に浸かりながらひたすらメノリを掻く。時折大きな波が来ると全身びしょ濡れ。あちこちで悲鳴と笑い声がこだまする。だが誰もつらそうな顔一つせずに、楽しそうに世間話をしながらメノリを掻いている。潮が満ちてきて再びサイレンが鳴り、口開けの終了を告げる。
貝のひしゃくですくって簀の上に広げる
採ったメノリは家に持ち帰り、庭先や路地で簀(す)の上に流し板ノリを作る。簀は柏島中学校の校庭にある茅(ちがや)で編んだもの。バケツには水洗いをして塩抜きをしたメノリが水と一緒に入っている。それをホタテ貝の貝殻で作ったひしゃくですくい、簀に流す。「上手な人は薄うに仕上げて何枚も作るけんど、薄すぎたら剥がす時破れるし、厚すぎたら枚数とれんしねぇ」と、作業をしていたおばちゃん。簡単そうに見えてなかなか難しそうだ。一枚二枚と広げては壁に立てかけ干していく。
路地裏でメノリを干す
食欲をそそる磯の香り
干しあがったメノリの板はさっとあぶると少し緑がかった色に変わり、何とも言えない磯の香りが食欲をそそる。おしょうゆにちょっとつけて酒の肴にするのもよし、細かくちぎってたくあんの刻んだのと、おじゃこと一緒にご飯に混ぜて、おしょうゆで味付けすると郷土料理の「こうし飯」となる。こうし飯は年越し飯から来ているとも言われ、旧の大みそかに食べる。今では普通の日にもよく食べる。このメノリで作る巻き寿司も島の味だ。メノリ入りのおかゆも捨てがたい。
この時期お呼ばれに行くと皆、苦労して掻いたメノリを出してくれる。これ以上のおもてなしはないと思い、感謝しながらバリッ、バリッとちぎりながら頂く。
こうし飯。メノリとたくあんが入っている少し甘いご飯
低い水温と富栄養な場所を好むメノリだが、最近は温暖化の影響で海水温が高く、付きが芳しくない。昔は百枚とは言わんばぁ掻けよったと島のおばちゃんは言う。一昨年は寒波が来たせいか二十年ぶりの豊漁に沸いたが、昨年も今年も芳しくない。それでも柏島の寒い冬の終わりを告げるメノリの口開けが、潮の香りと共に春を連れて今年もやってきた。
柏島海中散歩
海の道化師
クマドリカエルアンコウ
カエルアンコウ科 体長8cm
どうみても魚には見えないこの姿。カエルアンコウの仲間は泳ぎがへたで、胸びれを足のように使って、海底をずりずり這い歩く。このことから以前はイザリウオという名前が付いていた。しかし、差別的名称として昨年からカエルアンコウという名前に変更された。
その理由は英名のfrogfish(カエルさかな)からきている。本種は目から背中にかけての模様が歌舞伎のクマドリに似ているところからこの名前が付いた。シロっぽいモノや黒っぽいモノまで色彩変異に富み、ダイバーに人気がある。写真では少しわかりにくいが、口の上にある竿と疑似餌を使って餌をおびき寄せ一気に飲み込む。この写真の個体は2-3cmの幼魚。パッと見た感じクマドリと言うより美味しそうな金平糖のようにも見える。
(センター長・神田 優)
春告げるメノリの口開け

海に浸かりながらメノリを掻く。初春の風物詩とはいえ、とても寒い(写真はいずれも大月町柏島)
旧正月時分の大潮の日の朝、島の北側に広がる「後ろの浜」では、思い思いの場所に陣取った島人が今か今かとメノリの口開け(解禁)を知らせるサイレンが鳴るのを待っている。メノリとは岩ノリの一種だ。

メノリの缶と掻き取ったメノリ
三種の道具
朝十時、サイレンが鳴ると同時に、皆一斉に岩の上のメノリを掻きはじめる。「シャク、シャク、シャク」。リズミカルな音が浜中にこだまする。メノリを掻くには三種の神器ならぬ三種の道具が必要となる。まず一点、島で「メノリの缶」と呼ばれるこの道具は、一斗缶を缶詰の蓋のように丸く切り抜き、縁を金槌でたたいて折り曲げ、小皿状にしたもの。個人個人の手に合うように作られるハンドメードだ。これで岩の表面にがっちりと張り付いている黒々としたメノリを掻き落とす。
道具その二は掻き落とすメノリを受ける目の細かいタモ網である。このタモ網もそれぞれ工夫がなされている。岩に当たる縁の部分を補強し、掻き取ったノリが波にさらわれないようある程度の深さを持っている。底の部分に日本手ぬぐいを使っている人もいる。
道具その三はひしゃく。干上がった岩の上のメノリはひしゃくで潮をかけて柔らかくして掻く。

干上がったメノリにはひしゃくで潮をかける
びしょ濡れでも楽しそう
まだ寒風が吹く中、一杯着込んだ上にかっぱを着て、ノリで滑らないようわらじ履きで海に浸かりながらひたすらメノリを掻く。時折大きな波が来ると全身びしょ濡れ。あちこちで悲鳴と笑い声がこだまする。だが誰もつらそうな顔一つせずに、楽しそうに世間話をしながらメノリを掻いている。潮が満ちてきて再びサイレンが鳴り、口開けの終了を告げる。

貝のひしゃくですくって簀の上に広げる
採ったメノリは家に持ち帰り、庭先や路地で簀(す)の上に流し板ノリを作る。簀は柏島中学校の校庭にある茅(ちがや)で編んだもの。バケツには水洗いをして塩抜きをしたメノリが水と一緒に入っている。それをホタテ貝の貝殻で作ったひしゃくですくい、簀に流す。「上手な人は薄うに仕上げて何枚も作るけんど、薄すぎたら剥がす時破れるし、厚すぎたら枚数とれんしねぇ」と、作業をしていたおばちゃん。簡単そうに見えてなかなか難しそうだ。一枚二枚と広げては壁に立てかけ干していく。

路地裏でメノリを干す
食欲をそそる磯の香り
干しあがったメノリの板はさっとあぶると少し緑がかった色に変わり、何とも言えない磯の香りが食欲をそそる。おしょうゆにちょっとつけて酒の肴にするのもよし、細かくちぎってたくあんの刻んだのと、おじゃこと一緒にご飯に混ぜて、おしょうゆで味付けすると郷土料理の「こうし飯」となる。こうし飯は年越し飯から来ているとも言われ、旧の大みそかに食べる。今では普通の日にもよく食べる。このメノリで作る巻き寿司も島の味だ。メノリ入りのおかゆも捨てがたい。
この時期お呼ばれに行くと皆、苦労して掻いたメノリを出してくれる。これ以上のおもてなしはないと思い、感謝しながらバリッ、バリッとちぎりながら頂く。

こうし飯。メノリとたくあんが入っている少し甘いご飯
低い水温と富栄養な場所を好むメノリだが、最近は温暖化の影響で海水温が高く、付きが芳しくない。昔は百枚とは言わんばぁ掻けよったと島のおばちゃんは言う。一昨年は寒波が来たせいか二十年ぶりの豊漁に沸いたが、昨年も今年も芳しくない。それでも柏島の寒い冬の終わりを告げるメノリの口開けが、潮の香りと共に春を連れて今年もやってきた。
柏島海中散歩
海の道化師
クマドリカエルアンコウ
カエルアンコウ科 体長8cm
どうみても魚には見えないこの姿。カエルアンコウの仲間は泳ぎがへたで、胸びれを足のように使って、海底をずりずり這い歩く。このことから以前はイザリウオという名前が付いていた。しかし、差別的名称として昨年からカエルアンコウという名前に変更された。

(センター長・神田 優)
更新:
諒太
/2009年 01月 06日 17時 23分