2012年2月18日(土)高知新聞朝刊 浜辺の宝石 微小貝
大月発 くろしお便り(黒潮実感センター)

柏島のきれいな微小貝たち。大きいものでも5ミリほどしかない
ビーチコーミング
私は浜を散歩するのが好きだ。散歩というよりは、浜の石や打ち上げられている貝殻、「ビン石」(角が取れたビンの破片)、海藻、魚、その他さまざまな漂着物に目がいってしまう。これらのものを拾い集めることをビーチコーミングという。
ビーチコーミングの「コーム」とは、髪の毛をとくのに使うくし=「コーム(comb)」が語源だそうだ。浜辺を手のくしでとくようにして漂着物を拾うことから、「ビーチコーミング」と名付けられた。
石拾いの想い出
私がビーチコーミングにはまったのは小学一年生の頃だった。高知市の実家の前の長浜海岸には五色の石があり、よくおばあちゃんに連れられて拾いに行った。その当時浜には五色の石を買ってくれる石屋さんがいて、キロいくらで買い取ってくれた。
私はおばあちゃんに教えてもらった「売れる石」を探して小さなバケツに入れ、いっぱいになるとおばあちゃんに見せに行った。「マサルはまあえい石を拾うてくるねぇ。これやったら高うに買うてくれるわよ」と褒められた。
大のおばあちゃん子であった私は、いつもおばあちゃんと一緒に石を拾いに行った。小さなバケツの石はある程度たまったら袋に入れてまとめる。袋は農協で売っている肥料が入っているしっかりとしたビニール袋だった。
1970年当時は堤防の後には歩道がある程度で、今のような車が走る花海道もなく、堤防には車で浜に降りるスロープなどなかった。所々に階段があったが、数は少なかった。当時は石を拾って売る人も多く、浜には人がいっぱいいた。
はしごを掛けて
階段までが遠いため、皆便利が良いように自分で竹や木で作ったはしごを掛けていた。石を拾うのはいいが、最後にこのはしごを登るのが大変だ。担げるだけの石にしないと重くて上がらない。
石屋に持っていって売れたお金で、おばあちゃんはお菓子を買ってくれた。今ではそんな石屋の跡すら残っていないのが寂しい。しかし今でも浜に行くと必ず石を拾ってくる。きれいな石があると、どうしても取ってこらずにはいられない。
取ってきた石は庭にまいたりもするが、石を観賞するのに一番いいのは水を張った洗面器のような浅い入れ物だ。石は乾くとつやがなくなるが、水に入れておくと、波にぬれた浜の状態と同じなのできれいなままだ。

高知市長浜海岸の五色石。水にぬれると一段と美しい
大きくても5ミリ
柏島に住むようになってからも、ビーチコーミングの癖は抜けない。砂浜を散歩していると、波の打ち寄せた跡には色とりどりの貝殻などが集まっている。黄色や薄紫のタカラガイやピンクのフジツボの破片、小さな二枚貝の殻などが目に付く。

湾内でも底が透けて見えるほど美しい柏島の海
そんな中、よっぽど注意して見なければ砂粒と見分けが付かないくらい小さな貝があるのがわかる。大きさは5ミリ程度の比較的大きな?ものから小さいのでは1ミリほどだ。
これらの貝は微小貝というグループに属する、本当に小さな貝たちだ。なかには大きな貝の稚貝も交じっているが、成長してもこの程度の貝たちは、まだ分類も十分に進んでいないため、名前のついていないものも多く、生態が解明されていないものが多い。
愛らしい「微笑」
島根県の琴ヶ浜や京都府丹後半島の琴引浜は、浜を歩くと「クッ、キュッ」と音がする鳴き砂と微小貝で有名だが、近年環境汚染が進み、砂が汚れて「鳴かなく」なり、微小貝もめっきり減ったという。
小さい貝であるが故に、わずかな環境変化の影響を如実に受けるため、環境のバロメーターにもなりうる。環境の悪化が進行すると、声なき小さな生き物から順番に姿を消していく。
昔ほどではないにしろ、今でも美しい柏島の海に生息する微小貝たちは、虫眼鏡越しに私に微笑みかけてくれているようだ。私にはこの愛らしい貝たちが「微笑貝」のように見える。この浜辺の宝石たちが、末永く柏島の海に生き続けられるよう見守っていきたい。
センター長・神田優
柏島のきれいな微小貝たち。大きいものでも5ミリほどしかない
ビーチコーミング
私は浜を散歩するのが好きだ。散歩というよりは、浜の石や打ち上げられている貝殻、「ビン石」(角が取れたビンの破片)、海藻、魚、その他さまざまな漂着物に目がいってしまう。これらのものを拾い集めることをビーチコーミングという。
ビーチコーミングの「コーム」とは、髪の毛をとくのに使うくし=「コーム(comb)」が語源だそうだ。浜辺を手のくしでとくようにして漂着物を拾うことから、「ビーチコーミング」と名付けられた。
石拾いの想い出
私がビーチコーミングにはまったのは小学一年生の頃だった。高知市の実家の前の長浜海岸には五色の石があり、よくおばあちゃんに連れられて拾いに行った。その当時浜には五色の石を買ってくれる石屋さんがいて、キロいくらで買い取ってくれた。
私はおばあちゃんに教えてもらった「売れる石」を探して小さなバケツに入れ、いっぱいになるとおばあちゃんに見せに行った。「マサルはまあえい石を拾うてくるねぇ。これやったら高うに買うてくれるわよ」と褒められた。
大のおばあちゃん子であった私は、いつもおばあちゃんと一緒に石を拾いに行った。小さなバケツの石はある程度たまったら袋に入れてまとめる。袋は農協で売っている肥料が入っているしっかりとしたビニール袋だった。
1970年当時は堤防の後には歩道がある程度で、今のような車が走る花海道もなく、堤防には車で浜に降りるスロープなどなかった。所々に階段があったが、数は少なかった。当時は石を拾って売る人も多く、浜には人がいっぱいいた。
はしごを掛けて
階段までが遠いため、皆便利が良いように自分で竹や木で作ったはしごを掛けていた。石を拾うのはいいが、最後にこのはしごを登るのが大変だ。担げるだけの石にしないと重くて上がらない。
石屋に持っていって売れたお金で、おばあちゃんはお菓子を買ってくれた。今ではそんな石屋の跡すら残っていないのが寂しい。しかし今でも浜に行くと必ず石を拾ってくる。きれいな石があると、どうしても取ってこらずにはいられない。
取ってきた石は庭にまいたりもするが、石を観賞するのに一番いいのは水を張った洗面器のような浅い入れ物だ。石は乾くとつやがなくなるが、水に入れておくと、波にぬれた浜の状態と同じなのできれいなままだ。
高知市長浜海岸の五色石。水にぬれると一段と美しい
大きくても5ミリ
柏島に住むようになってからも、ビーチコーミングの癖は抜けない。砂浜を散歩していると、波の打ち寄せた跡には色とりどりの貝殻などが集まっている。黄色や薄紫のタカラガイやピンクのフジツボの破片、小さな二枚貝の殻などが目に付く。
湾内でも底が透けて見えるほど美しい柏島の海
そんな中、よっぽど注意して見なければ砂粒と見分けが付かないくらい小さな貝があるのがわかる。大きさは5ミリ程度の比較的大きな?ものから小さいのでは1ミリほどだ。
これらの貝は微小貝というグループに属する、本当に小さな貝たちだ。なかには大きな貝の稚貝も交じっているが、成長してもこの程度の貝たちは、まだ分類も十分に進んでいないため、名前のついていないものも多く、生態が解明されていないものが多い。
愛らしい「微笑」
島根県の琴ヶ浜や京都府丹後半島の琴引浜は、浜を歩くと「クッ、キュッ」と音がする鳴き砂と微小貝で有名だが、近年環境汚染が進み、砂が汚れて「鳴かなく」なり、微小貝もめっきり減ったという。
小さい貝であるが故に、わずかな環境変化の影響を如実に受けるため、環境のバロメーターにもなりうる。環境の悪化が進行すると、声なき小さな生き物から順番に姿を消していく。
昔ほどではないにしろ、今でも美しい柏島の海に生息する微小貝たちは、虫眼鏡越しに私に微笑みかけてくれているようだ。私にはこの愛らしい貝たちが「微笑貝」のように見える。この浜辺の宝石たちが、末永く柏島の海に生き続けられるよう見守っていきたい。
センター長・神田優
更新:
Kanda
/2012年 05月 11日 09時 23分